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貯蔵庫

ちいさいこと貯め込む場所

回顧録

はて。
やっぱり数年後には忘れてしまうような気がする(そして忘れたくない)からなんとかパソコン立ち上げて残しておく。4年前のいちにち。

あの日、世界中から助けられた。

その頃はしがないモラトリアム全開専門学生だった。
新宿駅ビル7階のイタリアンでのバイト中。
ちょうど卒業式を終えたらしい晴れ着姿の女性のレジ対応してた。
突然の揺れ。厨房の皿という皿が倒壊。パスタ鍋どんぶら。
そのまま全館一時避難指示で外へ。ヘリがすごい。ALTAのモニターが信じられないものを映している。
キツくて苦手だなぁと思ってた社員さんがあったかい飲み物買って来てくれる。
店員みんなで地下街の系列のタイ料理屋へ。地下に入っちゃえば余震あんまり分かんなかった。
「これから何起きるかわかんないからさ、とりあえず腹いっぱいにしときな」
ってたくさん料理出してくれた。人生初パッタイ。美味い。
状況わからないまま夜。バイト先戻って片付ける(その日の勤務は13:30〜15:00、17:00〜18:00ときっちり計算されてました)
とりあえず仲間がいる池袋までいくことに。
インド人シェフ(イタリアンなのに)と2人で、人でごった返す明治通りをひたすら歩く。
「ワタシノイエ、ユウラクチョウセン4エキ。コンドアソビキテ〜」
何でもない話をしながら、ずっと手をつないでてくれた。
池袋でインド人と別れ、友人のバイト先へ。みんな無事。
おばちゃんが自転車を貸してくれる。自分は近いから歩けるからって。絶対そんなことないのに。
ありがたく乗せてもらう。数駅北上して彼氏の家へ。
近くのコンビニで旧友に偶然会う。会っただけだけど、会えてよかった。

結局電車は動かずそのまま一夜を明かす。
翌日夕方、やっと空きだした頃に埼玉の自宅へ。


誰しもが持っただろう不安は押し寄せてきたけど、ちゃんと希望を失わずにその日を乗り越えられた。
一体いくつのやさしさにふれたんだろう。
みんな今では滅多に会うこともない人たちになってしまった。


その後の4年間、毎年東北を訪れてのべ半年ちょいくらい仕事をした。
たくさんのものを見てたくさんの人に会ってたくさんのものをもらった。
変わらない事実を毎年少しずつ知り、日々変わりゆく目の前の景色に絶句。
当時、直接の知人が亡くなったりケガをしたことはなかったけど、今ではたくさん人の事実を知っている。相対的なたくさん…ではないけど。


この4年間で、やさしさとか愛とか笑顔とか気づかいは、どんなに行使しても無限にわいてくることが分かった。
いちいち見返りを求めなくても、顔をあげて生きてれば幸せになれることも分かった。
だから、自分の手が届く範囲のことは、妥協しないで全部やりたい。
後悔だけしないように気をつけて、ちゃんと生きる。


そしてまさか4年目の14:46をMRIの中で迎えるとは思わなかったよHAHAHA
先週月曜から都会のど真ん中で入院中。
明日帰ってまた来週も入院。
最悪の時期に倒れて最悪の事態をおこしてしまった。
日常は遠いけど、それでも、やっぱり恵まれている。生きてる万歳。


現地は本当にまだまだ。
まだできることがある。
今年も行く。
行けるかなぁーーーはずされそうだなぁーーーはやく退院したいよぉーーー
消灯!